おばぁ 下地勇
おばぁ (共通語訳) 詩は宮古ことばで唄われます
あなた なぜ私にさよならも言わず 私ひとり置いて 先に逝くの
冷たくなるおじぃの顔を撫でながら おばぁの目から 涙が落ちていく
どんな時も 二人一緒に 今日まで歩いてきたのに どうして
家の中のあちこちに あなたの香りがまだ残っている
なのにどうして あなたは黙って 先に逝ってしまうの
あなたが植えたさとうきびも
見守ってきた畑も 養ってきた馬もヤギも
あなたがいないと どうしたらいいの
起きて 起きて私の顔を見て笑ってちょうだい
おじぃがいなくなり 馬やヤギも売られていき
この家にはおばぁ以外 もう誰もいない
夜になるとたった独り 夕飯を食べる
あまりの淋しさに おばぁは毎日泣いていた
「お前がつくる魚の塩煮が 一番おいしいよ」と言って
泡盛飲みながら 笑っていたこと
まるで昨日のことのように 思い出されて
「いくらでも作ってあげる あなたがここに戻ってきてくれるなら」
時は過ぎ去り 涼しい南風が吹きはじめる頃
おばぁは 曲がりゆく腰を持ち上げ
(離れて住む)子供達 孫達を見守っていかなくてはと
嬉しそうに微笑んでいる
おばぁ どうかこれからも元気で
いつまでも いつまでも 長生きしてください
「僕は、自分の人生を終えるそのときまで、この歌を歌い続けるでしょう。」 下地勇
いつかまた、逢いに行こうと思います。
今度は福岡からお茶うけを持って。
「おばぁ」何回も読み返しています。我が家のおばぁも女学校時代の楽しかったこと、先に逝った夫、兄弟姉妹、つらかった戦争、思い出しては毎日笑い、泣いています。認知症も進んできましたが、おばぁ どうかこれからも元気で
いつまでも いつまでも 長生きしてください。
てんもりさん、心にしみる、すばらしい唄を紹介してくださりありがとう。!
ハッピーアイランドのサイトに載っていた訳詞を読んで、
号泣した記憶があります。
「いくらでも作ってあげる あなたがここに戻ってきてくれるなら」
ここの部分で、いつもうるっとしてしまいます。
きっとまた来世でもその次の世でも何度でも出会える運命のお二人ですね♪
少し? ・・・だいぶ前に 《 ピュア 》 って言葉が流行ったことがありました、、、(あったような気がします)。
今更ながら、そんな言葉に思いを馳せてしまう初冬の夜です。
大切のものをいつも思い出させていただいてありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします。
見送ってあげたい気持と見送ってほしい気持。
味わいたくない見送った後の寂しさ、先にゆく悔しさ。
でもその前にやるべきことがたくさんあります。
父が亡くなった時、親より先に逝くのが何よりの親不孝だと祖母が泣きながら叫んでいました。
母が天寿を全うするまでそばにいて、そのあとにその葛藤にさいなまれることにしましょう。順番は大事ですよね。
ウチは夫婦2人なので、本心見送ってもらいたいんですが、何も出来ない年上のオットの行く末を考えると、どんなに寂しくても見送ってあげたいです。
ましてや親は絶対見送る側でいたいです。
この詩は当たり前のような日常を決して当たり前ではないことに気づかせてくれますね。
1日1日を後悔しないように大切に生きて行かないといけませんね。
ひとそれぞれ、いろんな想いが浮かんでくると思います。
J子まさにあの家のおばぁを思い出しました。
居間の寒々しい蛍光灯に照らされたたったひとつの座椅子が忘れられません。
下地勇さんが宮古ことばで歌うCDは是非聴いてもらいたいです。
感情の淵から零れ落ちるような言葉が優しく美しく、意味は分らなくても自然に泣けてきます。
相変わらず楽しい仲間と美味しい食事に囲まれて
毎日を過ごしているご様子、羨ましい限りです。
先日、仲間のK君(3月に小島シェフの料理を同席した)の
実父(享年84)が亡くなられ、葬儀に参加しました。
車椅子のお母様が、ぎこちない手つきで
棺にお花を敷き詰める姿を拝見して、
この『おばぁ』の唄を思い出し涙が止まりませんでした。
いつも、いい情報を教えて下さりありがとうございます。
このブログ経由で最近発見して気に入っているのが、
『多和田えみ』という沖縄の24歳のR&B歌手です。
時にキャロル・キングだったり、吉田美奈子だったり、
これからどう変わっていくのか、楽しみです。
また、よろしく。
奥様、娘さんはお元気でしょうか。
Dr Keeさんの書き込みで改めてこの誌を読んで、目頭が熱くなりました。
多和田えみさんですね、名前は聞いたことがあります。
こんど注意して聴いてみますね。