ちゅらかじとがちまやぁ

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萬福楼 J子と晩餐

今日はボクは仕事だったので、夕方からJ子と晩餐に出かける。行ったのは萬福楼。
たっぷりの生の香草の下にあおぶだいの切り身とねぎ、にんにくの茎等々の薬味が隠されていて、そのうえから熱々のスープをそそぐ。
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蓋をしてしばし待ってから、半煮えの香草とぶだいの身を食べる。旨いったらない!
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名物のオリジナルらふてー。八角が香り高い逸品。
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海老を開いて天ぷら状にしたもの。ソースが旨い。
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旬のまこもと牛肉の炒め。
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最近のマイブーム。排骨
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今夜はJ子はあまり酒を飲まず、そのおかげでしっかり料理を味わえたみたいだ。
たまには良かろーがー
by tenmorimori | 2007-03-31 20:47 | しかまんけぇ | Comments(3)

つきみのざるうどん 梅しそ

暑い日は冷たい麺。読谷での仕事の帰りに「つきみ」に寄る。
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きれいな麺だ、いい仕事されてるなぁ・・・うまい
梅肉とかつお節を練りこんだ薬味。
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by tenmorimori | 2007-03-31 20:33 | しかまんけぇ | Comments(0)

おとんでJ子とこうべさんと・・・・・

夕方の便でJ子来沖。おとんで飲むために進藤商店の干物を送ってもらった。
三線の修理目的で来られたこうべさんもご一緒に、心地よい風が入り込むおとんで飲み会。
つぼ鯛の味噌漬け。奥に見えるのはこうべさんのお土産「明宝ハム」。
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鯵の開き
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ころの良いところで、こうべさんを送りがてら北谷へ。
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ネイサンズでホットドッグをぱくついてから帰る。
こうべさん、お土産までいただき、ありがとうございました。またゆっくり御越し下さい。
by tenmorimori | 2007-03-30 20:37 | おとん | Comments(2)

ある日の朝飯

てだこ亭特製スープに、久美子さんから頂いた岩手特産の卵めんを合わせる。
しみじみと滋味あふれるやさしい麺になった。ごろごろと島にんじん。
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ありがとうございました。
by tenmorimori | 2007-03-30 20:29 | 家飯 | Comments(0)

風邪ッぴきのてだこ亭

昨夜はたまらず病院へ行った。薬を処方してもらって、早く寝たら少しだけ楽になった、が、楽にならないのは仕事。今日も一日見積書を作ったり、図面を書いたり、支払い処理をしたり・・・・・
間違いなく遅くなりそうなので、てだこ亭に残業食を食べにいく。
野菜っうまっ!!
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シェフが滋養のあるスープを作ってくれていた。鶏と野菜の出汁に生姜を効かせた風邪っぴき用スープ。
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根拠は無いが喉に良さそうな、旬のフレッシュトマトのスパゲティを注文。
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もともとスパゲティはポモドーロが好きだが、トマトが甘くて絶妙の酸味、島にんにくが良い香りで強力なバイプレーヤーの力量を発揮、これは旨い!
そして今日の麺は特に旨く感じた。なんでかねぇ~
残念ながらこの1杯で売り切れ、来週にはまた入荷するそうです。
こんな事をしてみると、これがまたまたどうして旨いやんかぁ~~
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さぁ、帰ってもう一仕事頑張ろう。
by tenmorimori | 2007-03-29 21:31 | てだこ亭 | Comments(10)

風邪でも食欲は落ちない

今週は更新もせず、すみませんでした。風邪に加えて業務も忙しく、なかなかブログ更新にまで気が回りませんでした。でも、食うもん食ってました。
おとんの新メニュー「きのこのホイル焼」食べたり
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海洋食堂でゴーヤーちゃんぷるー食べたり
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名護食堂でステーキランチ1000円食べたり
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by tenmorimori | 2007-03-29 21:19 | しかまんけぇ | Comments(3)

体調不良につき

朝からお客さんと共に読谷~銘苅~佐敷を周る。風邪気味で疲れた。
昼は当然のように「我楽そば」へ行くが、体調不良のためか、カメラのホワイトバランスを間違えて、旨そうに写ってないなぁ、旨かったけど。
「我楽そば」の謳い文句は、沖縄一透明なスープ、沖縄一硬い麺。歯応えではなく「アゴたえ」のある麺です。なるほど、今日はそばの(大)を頼んで存分に麺を味わったけど、確かにアゴが疲れた(笑)
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by tenmorimori | 2007-03-26 19:29 | 沖縄すばDay By Day | Comments(8)

驚愕の我楽そば

数人の確かな筋から「我楽そばは旨いよ」と聞かされていた。先日のSタケさんの送別会で、我楽そばのご主人夫妻とお会いしたのをきっかけに今日やっと食べに行った。
午前中の歯ぁ~屋(沖縄で言う歯科医院の事)の麻酔が覚めるのを待って久茂地へ。
場所は古酒バーカラカラで、昼だけ「我楽そば」として営業されている。
そばとじゅーしーのセットを注文。
絶世の美女麺である。スープをすするため顔を近づけると和風出汁の香りが鼻腔にすわぁっと入り込んでくる。口に含むと上質な昆布とかつお節の旨みが押し寄せ、その裏には確かに沖縄そばであることの証、豚の旨みが存在する。
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驚きの自家製手打ち麺。首里そば並みの固麺でやや細い。首里そばの麺は噛むとほどけていく感じだが、我楽そばの固麺は噛みこむともちっとした食感に変化していく感じなのだ。
まるで上等の蕎麦から蕎麦がきに変化していくようなのだ。
これはもうずっとすすっていたくなる麺だ。本気でお代わりしようかと考えた。
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禁断の技、スープじゅーしー。美味しいじゅーしーをそばのスープに投入。ボクはそのために針生姜を残していた。
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こりゃあなんとまぁ、単独メニューにしてもいいくらいだ。
あぁ、明日も食べたい・・・が、日曜日は休みかぁ

異業種からそば屋に転身され、この味を出されたご主人と、一緒に頑張っておられる奥さんに脱帽です。
我、楽しむそば。一番楽しんでいるのはご主人かもしれない。

我楽そば
那覇市久茂地3-15-15やまこ第二ビル1F
098-861-1194
11:30-14:30
日曜休
by tenmorimori | 2007-03-24 23:28 | 沖縄すばDay By Day | Comments(15)

ひめゆりの後「おとん」へ

ひめゆりを観て、暗い中でいろいろ考えていると誰かと話したくなっておとんに行く。
酒道鍋とすじこんとご飯を頼み、ブチクンロックさんと少し話して帰る。
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次回の仕込み分のすじこんは旨いらしい・・・・(笑)
by tenmorimori | 2007-03-23 23:56 | しかまんけぇ | Comments(0)

映画「ひめゆり」を観て・・・・・

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今日3月23日は、沖縄師範学校女子部と第一高女の女生徒15歳から19歳の240人が招集され南風原の陸軍病院に移動した日だ。そして上陸を控えた米軍の艦砲射撃もこの日から始まった。13年をかけて製作された映画「ひめゆり」の日本で最初の公開日をこの日にしたのはしごく当然の事だろう。桜坂劇場の会場の席にはひめゆり同窓会の方々もみえられている。
映画の上映前に生存者の本村つるさん、宮良ルリさん、宮城喜久子と監督とのトークショーが行われた。
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ひめゆり学徒隊の活躍や悲惨な状況は、映画や本などで知ってはいたが、本人の口から聞く体験談はその重みが違う。
現在の栄町RYUBOの駐車場のあたりに集合して歩いて赴任先に向かう生徒達の多くは、まさか生きて戻れないとは思ってもみなかったらしい。師範学校の最上級生達は2日後の25日卒業式を控えていた。宿題の用意をしていた生徒も多く、戦争が終わったらまた元の生活が始まると当然のように考えていて、歩いて向かう道中はまるで遠足の様な雰囲気も漂っていたらしい。
映画は当時の状況を生き残った方々が、その現場に行って体験を語るという形で進んでいく。戦後初めてその現場を訪れる人も多い。語られる内容は衝撃そのものだった。
敗走を続ける日本軍と共に行動を共にし、南部に追い詰められ放り出されるような解散命令。犠牲者の多くはこの命令後に集中している。
沖縄南部のごく狭い土地に、日本軍、住民が追い詰められ、後ろからは米軍の地上部隊が迫り空からは戦闘機の機銃掃射、どん詰まりの海岸は断崖絶壁、海を埋め尽くす米軍艦からの艦砲射撃・・・・・・・そんな状況の中で、投降することなど考えもしない当時の教育の恐ろしさ。
映画を観ていて涙は出ない、その圧倒的な体験談に打ちのめされただ呆然と画面を見ていた。
考えてもみてほしい、15歳から19歳の普通の女生徒達は、先生になるための勉強や裁縫や書道や音楽の勉強をしていた生活から突然戦場に放り込まれ、手術で切断される足や手を持たされゴミ捨て場に捨てにいく。湿って蒸し暑い壕の中は数千人の重傷者であふれ、腐った血や膿や排泄物の臭いが充満している。水や食事を取りに行くのも命がけである。
そして解散命令という名目の日本軍の責任放棄。
ひめゆり学徒隊の犠牲者は211人を数える。
映画の最後にひとりの生存者が語る。この方は週に何度か読谷から2時間半かけてバスで記念館に通い、体験談を語っておられる。記念館にはひめゆりの人たちの当時の顔写真が展示されている。
「ここに来て写真を見るとみんな別れたときと変わらない顔をしているんです。私は、いずれあの世に行くときには平和な時代の楽しい土産話を持っていって、みんなに語って聞かせるつもりです。」

よくぞ語って下さいました、ありがとうございます。

ボクは会場を出て、劇場の向かいにある希望が丘公園の暗がりでしばらく呆然としていた。

桜坂劇場にて4月6日まで公開中
by tenmorimori | 2007-03-23 22:03 | Films | Comments(8)